ツイッター乱痴気騒ぎ
ima-dropsには一応公式ツイッターアカウントを始め、各記者のアカウントなど、いくつか関連するツイッターアカウントが存在している。
私がツイッターには疎いので(そもそもふぁぼるとはなんじゃ? レベル)、責任取れているとは言いがたい現状につき、なるべくつぶやかない方向ということで、ima-drops内ではいちおうの現状に対する結論(棚上げとも言う)は出ている。
さあ、となれば(?)アツい既存メディア批判が始まるのはもはや確定的に明らかである。
お気づきかとは思うが、私はいまも基本学生ノリである。
社会人歴○年目であるのに、社畜をしていたこともあるのに。であるので、それについては当人が誰よりも早く諦めている。ギロッポンのオサレなバーでマティーニ飲める人間になろうとは企んだこともあるが、こればっかりは無理である。
馬場の安居酒屋が性に合っている。
というわけでいまも私は、内輪の宴会だとすぐにウェーイwwみwwなwwぎwwwっwwてwwきwwwたwwwwWWWというテンションになる人間である。
なので、冷蔵庫に入りたいという気持ちはわからないでもない。
いや、多少日和った。じつはまったく、わからん。敢えて言おう、バカじゃねーの。
多少どころの騒ぎじゃねえwwwwwwwwww
つまりまあ、おまえが俺の気持ちをわからないというのはわからんでもないが、おまえが俺がおまえの気持ちをわからんというのをわからんというのは俺にはわからん(井上ひさし調)状態である。
どう考えても、冷蔵庫に入るのはおもしろくない。
微塵も。まったく。1ミリたりともおもしろくない。
最初のやつはまだいい。というか、最初のアイス冷蔵庫だけはちょっとおもしろい。でも、2番目以降、むしろいま何番煎じだ? 状態になっているわけであるが、2番目以降はぴくりとも笑えない。
たとえ、内輪向けでもつまらん。
犯罪かどうかとかいう問題じゃない。カケラもおもしろくない、そのユーモアとオリジナリティのなさがヤバイ。マジヤバイ。
なにも私は真似はすべて糞と言っているわけでもない。私(だけでなく、一部ima-drops記者も含むが)の記事とて、表現上のパクりは存在する。
言ってみれば、テキストサイト全盛期世代の我々としては、どうしてもテキスト加工の好みは似てくる。
ずっと前にNISくんや赤松くんとは話したこともあったと思うが、だって、先行者は衝撃だったもの。
あれ、いまだに読んでおもしろいもの。
学ぶとまねぶという語があるわけだから、真似はそれほど虐げられるようなことでもなかった。
中には猫であったか1000円札であった文豪のように、次男が長男の真似したらブチ切れたというエピソードを残すゴウノモノも存在するが、基本的には真似は悪ではなかった。
猿真似(キ・ソンヨンではない)はなぜ芸能になるか。猿が人様を真似る様がおもしろかったからである。
だが、猿が猿の真似をしてなにかおもしろかったであろうか。
いや、いかん、おもしろいかもしれんwwwwwwwwwwwwww
右の猿が、左の猿の真似をします。あらやだカワイイ! なんて姿が一瞬で目に浮かんだ。
よし、この論理展開は無理だ。
諦めよう。
おもしろい! おもしろいよ、猿真似犯罪。捕まるまで含めてな!
見ているこっちは彼らが捕まるまでの過程がおもしろい。いや、そのあと懲らしめられるところまでがおもしろい。本人が涙目逃走して初めて価値がある。
まあ、あっさりそのラインを白状してしまうと、周りに迷惑をかけるか否かは重要だ。
迷惑かけてもおもしろいから、は正直いかがなものか。
早大生の件にしてみても、神社で全裸までは私は笑って許す(まあ、私に許す権利はないが)。
バwwwwwwカwwwwwwやwwwwwwろwwwwwwwうwwwwwww
で済ます。
ただ、密漁はおもしろくねーわ。
ピザもおもしろくねーわ。おまえ、金もらって働いてるんじゃん。
要は、自分が恩恵受けてるくせに、他人に対して損害与えるとか、なんなのおまえ、というお話。
密漁した。漁師は被害。でも、俺っておもしろいだろう?
冷蔵庫入った。バイト先は売上減。俺っておもしろいだろう?
は道理が立たぬ。
おもしろいおもしろくないは置いておくとしても、
神社で全裸になった。おもしろいだろう?
は私の倫理観では許す。ただ、それを第三者に見せた段階で、そいつが不快になったらアウトである。
迷惑をかけない、は最低限のルールだから、まあ、断罪もいたしかたあるまい。
でも、ちょっと未成年がやってるのに対しては、教育側の問題もあろうと思う。
将来が心配です、じゃあ誰も止まるまい。いま楽しいもの。年金、将来破綻しますから、いまもらうの辞めません? で辞めてくれる老人はおるまい。たとえ4、5千万資産持っててもな。
ようは、捕まるまでがおもしろいからガンガン捕まって、ガンガン賠償しろや、だと誰もやらんのではないか、ということだ。
内輪で楽しく目立ちたいが根本的な動機だとするなら、内輪でない第三者がもっともおもしろく、かつ自身が破滅する、となればおそらく誰もやらんだろう……と信じている。
いや、やるのかな? フォロワーってそんなに必要なものなのかな?
私のフォロワーは530000です。とかやりたいのかな。フォロワーたったの5か、フン……ゴミめ……。とかやりたいんだろうか。
となるともはや野村監督と新庄のようなもので、私には理解できぬが。
とにかく、おまえの行為はさほどおもしろくないが、おまえが破滅することはおもしろい場合がある、と正直に伝えてやったらいいのではなかろうか。
いかん、愚痴のはずだ。ちょっとなんか、防犯啓蒙している。これでは愚痴の名が廃る!
ええい! こんなことを許してしまうような、ツイッターとやらは、欠陥メディアなのではないか?
こんなものが流行るとは世も末である。
……よし、多少、愚痴っぽくなった。
2013年9月14日 カテゴリー:俺の愚痴 熱いメディア批判 タグ:バカッター, 欠陥メディア, 男のツンデレは需要ない